ワクチン接種の有無を知るのは差別にあたるんだろうか

と、非常にコントロバーシャルなトピックをお届けする時期に入ってきたんではなかろうかと思います。個人的には「区別」はしても「差別」には1ミリも繋がらないと思ってるんだ。でも、こればっかりは考え方は人による。「区別」すらダメというなら、もう色んな意味でお手上げだ。

 

ある程度何がどうだと把握できるとこはしておかないと、対策も練れないんじゃななかろうかと真剣に考えてます。いや、あくまでも任意であることを前提としてね……とはいいつつも、海外では2回接種証明ないとどうにもこうにもという国も出てきているわけで、それを追うべきか否かは反発を伴う政治判断。なお、自分はあったほうがいいとは思ってる。2回じゃなくて、1回打ちましたもアリ。

 

 

距離を置くのは区別かな、差別かな

正直なところ、今後は訴訟の話に繋がるかもしんないなあって感じること多々あります。むしろ、海外ではそこを念頭に「打ってちょうだい」というのがある中で、それが悪かと言われたらその限りではないと思います。や、人それぞれなのでね。自分の頭がスタンダードでもないのもよくわかってるけど。

 

例えば、「絶対にかかりたくない!」という人がいるわけじゃないですか。そしたら自然と周りのリスクを考えますよね。携帯用アルコール消毒液を持ち歩いたり、やたらめったらその辺触らないとか、会話する時はマスクするとか。そしたら自然とノーマスク主義の方とは少し距離を置いちゃうとか、ワクチン反対だーと叫ぶ方とは距離置いちゃうとか、そうなるじゃないですか。これってダメなんですかねえ?仕方なくないですか?ってなりません?

 

これが「差別だからよくない!」となるのであれば、「人を不快にさせないように飛沫が飛んできても我慢しなきゃ」って考えなきゃいけないんでしょうかね。自分はそうは思わないけど。極端なこと言ったら「陽性疑いの強い人に対してもノーガードで接しないと失礼に当たる」とかなりますけど、それは区別・差別うんぬんではなくもう傷害未遂ではなかろうかくらいな。あな恐ろしや。おりゃ嫌だぜ、被害者となるのは。なら自然と自衛しますよね。

 

こういう話になると必ず「打てない人だっているんだから!」と言われますけども、その「打てない人」を指すのがのは「医学的な観点で打てない人」ではない場合がほとんどで、なお、鼻息荒く「打てない人がいるんだから!」と言ってくるほとんどの場合は当該者じゃないんですよね。不思議。おっと言い過ぎか。

 

自分の周り、実際に持病の関係でドクターストップかけられたという人が何名かいます。ドクターと相談しての判断ということでその判断は尊重してますし、自分、別にその方達とお話するの全然平気です。ちなみにご本人達は常に申し訳なさそうな感じなのもあって、できることはと言えば「ひたすら励ます」くらいしかできません。そして近い周りの方々には接種オススメしていってねと、お伝えします。

 

 

結局のところ

ちっちぇー世界でアリンコのような脳みそフル回転したところで、ヒトという生き物は多様性の集団。自分の落ち着く場所を探してそこに収まるのが生き物の習性なのかもしんない。ただ、色々な価値観が丸出しになるので、残酷なのかもしれないけれども周囲との付き合い方含め、色々と変わってきてるのがこのコロナ禍です。仕方ないと思う。価値観ですからね。

 

色んなヒトがいる中で、色んなドクターもいます。「問答無用に打っちゃダメだ」とか「打たなくて済むなら打たない方がいいよ」というドクターもいるようで、もし自分がそういうドクターに直面したらこう思うだろうかな。「なんかの病気になった時、一緒に頑張って治療しましょうって言われても全面の信頼は置けないかもな」と。

 

おっと、逆のパターンもありだな。「キミは別のドクターに診てもらった方がいいよ」的な。難しいっすね。

 

 

なんで急にこんなに増えたんだろうね

毎日夕方になると「本日の感染者◯◯人」と、ニュースのトピックにばばーんと出る感じがもう当たり前みたいになって、正直なところそれで一喜一憂する人はもう少なくなってきてるんじゃないんだろうかなと思いつつ、でも時々恐れ慄く感じの人もお見かけするんですけれども、まぁ自分は「そうだろうねー」という感じです。

 

とにかく政府が悪い、ワクチンは陰謀だ、オリンピックが原因だ、いやオリンピックの全然前から増え始めてるから関係ないじゃん、それにしてもノーマスク多すぎな件、えっワクチン打たないの、そりゃあノーマスクノー対策で過ごしてるなら感染もするよねえ、今更入院できないかもなんてビビり始められても……、興味本位で検査したら陽性だったわ、夜に集まってお酒は飲んでないけど昼間に友達とランチは毎日してます、知ってる人しかいないところでしか飲んでないなどなど、色んな方がいますよねえ。多様性。

 

「自分、大丈夫ですから!」と豪語する人に限ってだいじょばないことが多い。非常に残念であります。全然だいじょばない。「自分、検査して陰性でしたから!」と豪語する人もどちらかというと同じことを繰り返しがちで、また近い周りに陽性者が出たと連絡されてドキドキガクガクブルブルするようなことが繰り返されることよく聞きます。頼むから学べ。いい大人だろ。

 

と、自分は胸張って誰からも指を差されない自信があるかと言えば、実はそうでもなかったりしますし。なんだ、その辺の大多数と変わらねえじゃねーかよというモニター越しのため息が聞こえるような気がします。さーせん。これまで以上に気をつけます。

 

 

 

接種勧奨はですね、区民向けだけじゃないですよ

さて、ワクチン。『ワクチン接種の有無を把握するのは差別にあたる』というのがどうやら多くの自治体における考え方ぽい。「区民の接種率/予約率は◯◯%と公表するけど、役所内はいかほど?」と聞くのはどうやらタブーのようで。聞いたことあるんだけど、わかりませんと。なんでと聞いたら、差別に当たるんでと。わからなくもないけど、でもわからん。

 

例えば高齢者施設だったり子供施設だったり、はたまた学校においても、どのくらいワクチン接種してるんだろうかってそりゃ気になったりするんですよ。自分なんかより、利用している人々のほうが気になってるはずです。そりゃ未接種の人(事情はどうあれ)がたくさんいるところがあるとして、そこで感染者が出ましたと言われたら「そうでしょうねー」となるでしょうよ。でもなかなか聞きづらい、なんせタブーらしいから。

 

別に、誰がとか出す必要ないし、区民と同じくらい◯◯%とかで出してもいいんじゃね?とは常に思います。タブーらしいけど。ちなみに、自分も色々聞いたりすることあるんでひょっとしたら盛大に嫌がられてる可能性大ということに改めて気づきました。

 

今度改めて色んな職域接種の話をしたいとは思うんですが、お店屋さんの店主は区民で既に接種し終わったところが多い中、打ちたいけれど居住地の自治体でまったく打てなくて困ってるという「従業員ワクチン難民」を一人でも多く救うため色々やってた次第です。色々なお店回って声かけて、「ウチ、困ってる人いるよ!」とか「ウチ、全員打てたから大丈夫!」とか、「他のところに声かけてみるね!」と、多くの店舗ではやっぱり従業員のことも考えてるところは多く、なんとかしてあげられるならなんとかしたいと考えているとこもたくさん。

 

なので、聞きづらいことなのかもしれないけど、聞くことで助けられる人を見つけることもできるわけで、感謝すらされることだってあるわけよ。こっちこそこんな大変な時に頑張って経営していく&従業員のことも気遣ってもらって、ありがとうだ。ラブ商店街。がんばろう商店街。

 

それにしても「おたくの従業員でワクチン難民はいねがー」とうろつくその姿は、もはや歩くタブー。

 

彷徨う禁忌、小倉りえこ(自民党)

 

嫌な二つ名だ……(でも嫌いじゃない)。